極寒のライブ物販で、まさかの女神と出会った話
今日、俺のすべてを賭けた戦いが終わった。
結論から言うと、体感温度マイナス5度の極寒の中で凍死しかけたが、人生最高の「戦利品」を手に入れて帰還した。まあ、まずは聞いてくれ。
俺の生きがいは、架空の近未来を舞台にしたロックバンド「アルカディア・ゼロ」(通称アルゼロ)だ。
その中でも、青髪の冷徹ギタリスト「レン」を病的に推している。
今日のライブは年に一度のデカい祭典。当然、限定グッズがひしめく物販は、始発組が勝利するデスゲームだ。
俺は朝5時から、推しの缶バッジで総重量3キロを超えた自作の「痛バッグ」を抱え、凍えながら待機列に並んでいた。
物販並びの「あるある」だが、とにかく時間が進まない。
スマホの充電は寒さで爆速で減るし、足先の感覚は1時間で消える。
そんな中、俺のすぐ前に並んでいたのが、全身を「赤色」――つまりレンの相棒にして宿敵のボーカル「シン」のグッズで固めた女の子だった。
彼女のバッグもまた、シンの限定ラバーストラップとラミネートカードで埋め尽くされた、戦闘力53万クラスの痛バ。
「……ほう、シン推しのアサシンか。敵ながら見事な装備だ」
なんて、心の中で謎のオタクライバル意識を燃やしていたんだ。
だが、悲劇は突然訪れる。
物販開始から3時間。ようやくレジが目の前に迫ったその時、スタッフの非情な拡声器の声が響き渡った。
「――ギタリスト・レンの限定アクリルスタンド、まもなく完売でーす!」
おいおい嘘だろ、それを買うために俺は凍傷寸前まで耐えたんだぞ。
絶望に震える俺。その時、前の「シン推し」の彼女が、レジで何か焦った様子で店員と話しているのが見えた。
どうやら彼女、テンパりすぎて「シンのアクスタ」を頼むつもりが、隣にあった「レンのアクスタ」も一緒にレジに差し出してしまったらしい。
「あ、あの、間違えてレン君のも買っちゃって……これ、キャンセルって……」
「申し訳ありません、会計後の返品交換は対応しておりません」
非情なマニュアル対応。彼女は困り果て、レンのアクスタを手に、レジの横で立ち尽くしていた。
俺の頭の処理能力が限界を突破した。
気づいた時には、俺は彼女に声をかけていた。
「あの! 突然すみません! それ、僕に定価で譲っていただけませんか!?」
不審者極まりないセリフだが、俺の青一色の痛バを見た彼女は、一瞬で状況を理解したらしい。
「えっ、レン推しの方ですか!? はい、ぜひ! 助かります!」
そこからは早かった。
物販エリアの端で無事にお取引を済ませ、お互いの健闘を称え合って、自販機の温かいおしるこで乾杯。
話してみると、彼女はただのシン推しではなく、レンとの「幼馴染コンビ」の尊さを熱く語れる超一級の理解者だった。
「いつも1人で参戦してたので、こんなに話せる人がいて嬉しいです」
はにかむ彼女の笑顔、正直、限定アクスタの100倍眩しかった。
「あの、もしよければ……この後のライブ、一緒のエリアで観ませんか?」
そう言われて断る男がこの世にいるだろうか? いや、いない。
いま、俺たちはライブ前のカフェで、お互いの痛バを並べて写真を撮っている。
極寒の物販列は地獄だけど、たまにこういう奇跡が起きるから、オタクはやめられない。
とりあえず、今日のライブは人生で一番熱いステージになりそうだ。行ってくる。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。