【悲報】ライブ会場の駅で不審者扱いされた俺、なぜか最高の戦友を手に入れた件
聞いてくれ。昨日、推しのライブ会場の最寄り駅で不審者として職質されかけたんだが、結果的に一生モノの戦友(ダチ)ができた話をさせてほしい。
俺は普段、地味な事務職としてひっそり生きてる26歳の男。だが、週末は牙を剥く。
俺の魂の救済、それがダークメタルバンド「ヘルズ・ゲート」だ。
その中でも、俺は天才ギタリスト「雷牙(ライガ)」を病的に推している。
その日の俺の装備は、雷牙のイメージカラーである「漆黒と紫」の特攻服(背中に『唯一無二の雷鳴』と刺繍入り)に、総重量5キロを超える雷牙の缶バッジ80個搭載の『防弾仕様・痛バッグ』。
正直、この姿で歩くと一般市民からの視線が痛い。だが、これが俺の正装だ。
悲劇は、ライブ会場の最寄り駅の改札を出た瞬間に起きた。
歩く振動に耐えかねたのか、痛バのド真ん中に鎮座していた、初期限定版の超激レア缶バッジ(通称:おすわり雷牙)のピンが壊れ、アスファルトの上へ滑り落ちた。
「あ」
声にならない悲鳴。缶バッジはコロコロと転がり、道路脇のグレーチング(排水溝の鉄格子)の隙間へ。
完全に詰んだ。指が入らない。隙間から見える暗闇の中に、俺の雷牙が裏返しで横たわっている。
絶望のあまり、特攻服姿で排水溝に這いつくばり、涙目で指を突っ込んでジタバタする26歳男性。
周りの歩行者は完全に不審者を見る目で避けていく。そりゃそうだ。通報されてもおかしくない。
その時、頭上から野太い声が降ってきた。
「おい、そこの紫。雷牙が冷たいコンクリートで泣いてるぞ」
見上げると、そこには青い特攻服を着た、大柄な男が立っていた。
背中には『爆音ドラマー・神楽命』の刺繍。そう、ドラム担当の「神楽」推しの同担(他メン推しだが同じファン)だ。
男は「どけ、相棒」と言うと、おもむろに自分の痛バのサイドポケットから、なぜか常備している細い針金ハンガーとマスキングテープを取り出した。
「おいおい、何する気だ!?」と驚く俺を無視し、彼はハンガーを真っ直ぐ伸ばし、先端にマステを裏返して巻き付け、超粘着式の救出ツールを即席で作り上げた。
そして、排水溝の隙間に迷いなく突っ込む。
その時の彼の真剣な眼差しは、さながら精密外科手術を行うドクターのそれだった。
「……捕らえた。引き上げるぞ、カバーしろ!」
「おうッ!」
俺は彼の背中を支え、通行人の壁になった。二人の特攻服オタクが排水溝を囲む異様な光景。
数秒後、見事に救出された「おすわり雷牙」が地上に帰還した。
泥を優しく拭き取り、俺の手のひらに乗せてくれた彼に対し、俺は言葉にならず、ただ深く頭を下げた。
「あ、ありがとう…!恩にきます!」
彼はフッ、と不敵に笑い、「礼には及ばない。同じ『ゲートキーパー(ファンの総称)』だろ。それに……」と、自分の痛バを叩いた。
「俺の神楽を最高のビートで輝かせてくれるのは、お前の雷牙のギターだからな」
クッソ熱すぎるだろ。何だこの少年漫画。
そこから俺たちの距離が縮まるのに、1秒もかからなかった。
そのまま一緒に会場入りし、ライブ後はヘドバンしすぎて首が死んでる状態で、近くのファミレスになだれ込んだ。
ドリンクバーだけで、雷牙のギターソロの神懸かりっぷりと、神楽のドラムの手数の多さについて朝の4時までガチ討論。
推しは違う。だが、お互いの「推しへの愛」のリスペクトが半端ないから、話が無限に盛り上がる。
最終的に、お互いの痛バを並べてアクスタの記念撮影をし、ガッチリと握手を交わしてLINEを交換した。
普段、職場では「趣味:音楽鑑賞」としか言えず、孤独にオタ活をしてきた俺だが、初めて「魂の戦友」と呼べるダチができた。
ちなみに来月の名古屋遠征、彼と新幹線を連番で取った。今から特攻服のアイロンがけに気合が入る。
お前らも、痛バのピンだけは頑丈なやつに変えとけよ。思わぬ出会いがあるかもしれないけどな!
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。