隣のコワモテおじさんが、まさかの『同志』だった件について
昨日、人生最大級のやらかしをしてリアルに絶望してたんだけど、まさか隣の部屋の「塩対応おじさん」とベランダ越しに奇跡の和解(?)を果たすとは思わなかった。マジで事実は小説より奇なりだわ。
スペックを軽く説明すると、俺は都内のIT企業で働く、見た目はいたって普通の陰キャ事務職。でも裏の顔は、架空のダークメルヘンメタルバンド「ディザスター・アリス(通称ディザリス)」を10年間追いかけ続けているガチのオタク。部屋には缶バッジで埋め尽くされた漆黒の「痛バッグ」や、おどろおどろしい骸骨のラバーストラップが所狭しと飾られている。
対するお隣さんは、50代後半くらいの、いかにも「昭和の頑固親父」って感じのコワモテのおじさん。挨拶しても「あぁ…」と低音ボイスで一言呟くだけの、超絶塩対応な人だった。正直、ちょっと怖くて避けてたんだよね。
事件が起きたのは昨日の夜。ディザリスの結成10周年オンライン限定ライブが配信された。俺は自宅で参戦服(黒ずくめのローブ)を着込み、公式グッズの「闇ノ拡声器(デスボイス用エフェクトマイク)」を握りしめて、画面の前でヘドバンをかましていた。
テンションが限界突破した俺は、ライブのクライマックス曲『深淵のワルツ』のサビで、ついつい我慢できずに叫んでしまったんだ。
「漆黒の闇に沈めぇぇぇぇぇい!!(※完璧なデスボイス)」
叫んだ直後、血の気が引いた。やばい。窓、換気のために数センチ開けてたわ。
絶対隣に聞こえた。通報されるか、壁を殴られる(ドン引きされる)か、どっちにしろこのアパートには居づらくなる。冷や汗ダラダラで震えていると、案の定、ベランダの向こうでガラッと窓が開く音がした。
「おい、隣の。ちょっといいか」
低く、地を這うようなおじさんの声。終わった、人生終了だ、と覚悟を決めてベランダに出た。謝罪の言葉を並べようとしたその瞬間、おじさんの手元を見て俺の脳がバグった。
おじさんの親指と人差し指に挟まれていたのは、ディザリスが10年前のインディーズ時代、最初のライブで30個だけ限定販売したという伝説の「薔薇と生首ラバーストラップ」だった。めちゃくちゃ年季が入っている。
「お前、いま『深淵』叫んだな? 音程がちょっと甘い。あと、そこはコーラスのデスボイスに被せるのが信者の鉄則だろ」
ポカンとする俺に、おじさんはフッと不敵な笑みを浮かべ、部屋の奥から「初代ツアーのライブTシャツ(ボロボロ)」を持ってきて見せてくれた。なんと、おじさんは俺なんかより遥かに格上の「超古参・最古参信者」だったのだ。
そこからは、ベランダ越しに深夜のディザリス談義がスタート。「最近のセトリはポップになりすぎだ」「いや、あれは新規信者を獲得するための戦略ですよ!」と、お互い小声(でも熱量はマックス)で激論を交わしてしまった。
今では、おじさんから「これ、ダブったからやるわ」と貰った初期の超激レア缶バッジが、俺の痛バッグのセンターに鎮座している。平日は相変わらず無口な隣人だけど、すれ違う時に片手で小さく「メロイック・サイン(狐の手みたいなメタルのポーズ)」を交わし合う関係になった。ご近所トラブルを恐れていた昨日までの自分に教えてやりたい。お前の隣には、心強い闇の同盟者がいるぞ、と。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。