隣の堅物リーマン、実は伝説の暴れ馬だった件
聞いてくれ。昨日、人生最大レベルで心臓が縮み上がる事件が起きた。
俺は、架空のダークメルヘン系ロックバンド「ブラッディ・アリス(通称ブラアリ)」の限界オタク。週末はフリルと鎖まみれの漆黒の参戦服に身を包み、自作の痛バッグ(総重量5キロ、缶バッジ100個超え)を肩に下げて全国を飛び回っている。
昨日もツアーファイナルから帰宅し、アドレナリン全開のままアパートのエレベーターに乗ったんだ。全身真っ黒で、ジャラジャラと金属音を響かせる不審者丸出しの俺。そこに、同じ階に住むスーツ姿のサラリーマンが乗ってきた。
このおじさん、いつも無表情で挨拶しても会釈しかしない、いわゆる「ザ・お堅い隣人」。
狭いエレベーター内に響く、俺の缶バッジが擦れ合う「カチャカチャ…」という虚しい音。おじさんは俺をチラチラと、いや、かなり凝視してくる。警察に通報されるか、「うるさいんだよ」と怒鳴られるかと心臓はバクバク。俺はただただ、エレベーターの表示階が上がるのを祈っていた。
すると、おじさんが突然、低く重みのある声で話しかけてきた。
「……それ、2014年のファーストライブ『黒歴史の開幕』の限定ラバストだよね?」
「え?」と声が裏返った。おじさんが指差していたのは、俺の痛バッグの隅っこで、経年劣化により少し黄ばんだマスコット。ブラアリがまだ地下活動していた頃の、ファンでも知る人ぞ知る激レアグッズだ。
「あ、はい……そうですけど」と冷や汗ダラダラで答えると、おじさんの目が、かつてないほどギラリと輝いた。
「やっぱり! 俺もあの場にいたんだ。当時の整番、一桁台でさ。最前列で首がもげるまでヘドバンしてた。君、あの激レアよく手に入れたね。素晴らしい」
おじさんの口から「ヘドバン」という単語が出た瞬間、脳内が処理落ちした。聞けば、おじさんはブラアリ結成当初からの「伝説の古参ファン」で、当時はモッシュの帝王としてライブハウス界隈で恐れられていたらしい。今は仕事が忙しくて現場は引退し、茶の間で見守っているとのこと。
エレベーターが目的の階に着いたときには、おじさんは「今度、初期のデモテープ聴かせてあげるよ」と満面の笑み。今ではベランダ越しに「昨日のライブ、セトリ神でしたね!」「おっ、やっぱり? 新曲どうだった?」と、主婦の井戸端会議並みのテンションで限界オタク談義を交わす仲になった。
人は見かけによらない。まさか隣の部屋の堅物おじさんが、かつて俺と同じ戦場で暴れ回っていた戦友だったとは。人生、何が起こるか分からないから本当に面白い。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。