【全5話・第2話】強面おじさんと開演直前の絶対絶命バトル
「おい貴様、俺のチェスターコートに何してくれてんだ…?」最寄り駅のホームに降り立った瞬間、氷点下の声が俺の鼓膜を刺した。
強面サラリーマンのおじさんの顔は完全に般若。そりゃそうだ、彼の数十万円はしそうな漆黒の高級コートに、俺の推しバンド「メタル・ギャラクシー・スターズ(メタギャラ)」のギタリスト・ゼウス様の顔面缶バッジが、フックの先端でぐっさり噛み付いているのだから。
「ヒィッ! す、すみません! 今すぐ外しますからぁぁ!」
焦れば焦るほど手元が狂う。俺の痛バッグは総重量5キロ。ゼウス様の缶バッジ80個、ラバーストラップ15個、さらに自作のラミネートカードが重なり合った要塞だ。絡まった糸を解こうとするが、おじさんが痺れを切らして身じろぎするたび、「バリッ」と嫌な音がホームに響く。
「おい、破れたらタダじゃ済まさんぞ…」「ひえぇぇ! 動かないでください! 一緒に倒れます!」
開演まであと20分。会場までは徒歩10分。ここで警察沙汰にでもなったら、俺のツアー初日は完全に終了する。冷や汗で参戦服のTシャツがビショビショになりながら、俺は必死にピンの構造を説明しようとした。「あの、このバッジの裏の金具がですね、コートの繊維と奇跡のクロスラインを描いていて――」「知らん! 早くしろ!」おじさんの怒号が飛び、周囲の通勤客が遠巻きにこちらを見ている。
その時だ。俺の手元から「カチッ」と金属が外れる手ごたえがあった。「解けた!?」と歓喜したのも束の間、5キロの痛バの重量に引っ張られ、コートのポケットの布地ごと「バリリッ!!」と豪快な音が駅のホームに響き渡った。
……静寂。
おじさんのコートのポケットが、無残にも半壊していた。
おじさんの目が血走り、俺の襟首を掴み上げて叫ぶ。「貴様ぁぁあ!!」
万事休す。俺のメタギャラ初日参戦は、ここで露と消えるのか――!?
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。