【全5話・第1話】推し事現場で俺の痛バが消えた件について

【全5話・第1話】推し事現場で俺の痛バが消えた件について の挿絵

おい聞いてくれ。俺の人生の全てを注ぎ込んだ、総額20万円オーバーの漆黒の痛バッグが、開演直前の会場で跡形もなく消え去った。
俺の名はイッチ。三十路手前のフツーのサラリーマンだが、裏の顔は4人組ロックバンド「ルナ・エクリプス」を神と崇める熱狂的ファン、いわゆる「エクリプサー」だ。特にギターの「ZERO様」を推していて、彼の限定缶バッジ80個を敷き詰めた痛バは、俺の血と汗とボーナスの結晶と言っても過言ではない。
今日は待望の全国ツアー初日。俺は気合いを入れて、漆黒のドレープ服にZERO様カラーの紫のラミネートカードを首から下げたいわゆる「フル装備」で参戦していた。開演30前、物販で新作のラバーストラップを無事に確保し、ホッと一息ついてベンチに痛バを置いた。そして、ほんの10秒、ジュースのボタンを押すために目を離した隙のことだった。
振り向くと、そこには虚無。俺の魂である痛バが無い。周囲を見渡すと、紫のパーカーを着た人物が俺の痛バを肩にかけ、ものすごい猛ダッシュで人ごみの奥へと消えていくのが見えた。「待てやぁぁぁ!!」俺は叫び、人波をかき分けて追跡を開始した。だが、そこは数千人が蠢くライブ会場。あっという間に見失ってしまった。開演まであと15分。手元にはチケットとスマホのみ。俺のゼロ様缶バッジたちが……絶望で膝から崩れ落ちそうになったその時、後ろから肩を叩かれた。「あんた、さっき痛バ盗まれた奴だろ?」振り返ると、そこには激しい眼光の男が立っていた。

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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