【全5話・完結】伝説の夜と、俺たちの新しい日常
開演まであと15分、アスカちゃんのスマホ死亡で完全詰み……と思いきや、俺の痛バには奇跡が仕込まれていた。
「部長!アスカちゃん!これ使ってください!」
俺がバッグから引っ張り出したのは、遠征組の必需品、爆速充電対応の大容量モバイルバッテリー!そう、痛バの重みの正体は缶バッジだけじゃない、極限状態を生き抜くための生存防衛ギミックだったのだ!
「ポチくん、君は神か…!」と叫ぶ部長。急速充電で息を吹き返すスマホ。画面に映し出された電子チケットをスタッフに提示し、俺たちは開演5分前、ギリギリで重厚な扉を潜り抜けた。
会場内に響き渡る重低音のSE。暗転するステージ。スポットライトが照射された瞬間、鬼頭親子と俺のボルテージは最高潮に達した。「ブラッディ・クロニクル」の爆音が、俺たちの網膜と鼓膜を揺さぶる。
ふと隣を見ると、コアラのマーチ柄の参戦服を着た鬼頭部長と、ツアーTシャツを着たアスカちゃんが、全く同じタイミングでヘドバンを決めていた。あんなにギクシャクしていた親子が、同じリズムで頭を振り、同じ言葉で叫んでいる。その光景に、俺はなぜか目頭が熱くなってしまった。
アンコールのMCでヴォーカルが「音楽は、年齢も立場も越えて俺たちを繋ぐ!」と叫んだ時、部長とアスカちゃんは顔を見合わせ、照れくさそうに、でも最高に嬉しそうに笑い合っていた。その手には、俺が渡したあの限定ラバーストラップがしっかりと握られていた。
ライブ終了後、夜風に吹かれながら俺たちは会場近くのファミレスに入った。「お父さん、今日のベースソロやばかったね」「だろ?お前が小学生の頃に見せた初期のライブDVDを思い出してさ…」と、完全にオタク仲間として熱弁を振るう親子。もうそこには、厳格な上司も反抗的な娘もいなかった。
「ポチくん、本当にありがとう。君のおかげで、最高の娘と、最高の夜を過ごせたよ」
部長に深々と頭を下げられ、俺は照れ隠しにドリンクバーのメロンソーダを飲み干した。
翌週の月曜日。会社に出社すると、部長のデスクのパソコンの脇に、あの限定ラバーストラップがちょこんと飾られていた。俺と目が合うと、部長はいたずらっぽく笑って親指を立てた。推し活が繋いだ、ちょっと奇妙で最高の絆。俺の推し活人生史上、間違いなく一番熱くて優しいライブの夜だった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。