【全5話・第1話】アラサー男の痛バが実家で火を吹いた件
人生詰んだかもしれん。いま、俺の部屋のドアの前でオカンが仁王立ちしてる。
申し遅れました、俺の名前はタカシ。28歳独身、普段はしがないシステムエンジニアとしてキーボードを叩く毎日を送っている。だが、週末の俺は違う。プログレッシブ・重低音・ロックバンド「ルナ・エクリプス」の限界オタクへと変身するのだ。
ルナエクの魅力について語り出すと10万文字を越えるので割愛するが、とにかくギターの「KAITO」様が神なのだ。俺はKAITO様の缶バッジを80個敷き詰めた総重量4キロの「痛バッグ」を夜な夜な組み上げ、参戦服の黒レザーを羽織ってライブ会場に降臨するのが生き甲斐だった。
そう、「だった」のだ。
今日までは。
今年の夏、俺は諸事情により東京の賃貸を払いきれず、一時的に実家へ身を寄せることになった。実家暮らしの最大の敵、それは「プライバシーの欠如」である。俺は痛バや大量のラバスト、KAITO様の生写真(公式)を、でかいクローゼットの奥深くに隠し、厳重に鍵付きのケースにぶち込んでおいたはずだった。
なのに、だ。
「タカシー、部屋の掃除しといたからねー。あ、あとクローゼットの奥の開かずの箱だけど」
仕事から帰宅した俺を迎えたオカンの顔は、どことなく青ざめていた。
いや待て。鍵はかけたはずだぞ。なんで開いてる?
「……か、鍵はどうしたの?」
恐る恐る尋ねる俺に、オカンはとんでもない一言を放った。
「あー、あの南京錠? ピッキングのYouTube見てたら開いちゃってさ」
警察を呼ぶべきか? 家族のプライバシー侵害で訴訟を起こすべきか?
俺が動揺で泡を吹きそうになっていると、オカンはすっと手招きをし、居間へと俺を誘導した。
そこに待っていたのは、俺の命の次に大切な痛バ……だけではなかった。
畳の上に正座したオカンが、鋭い目つきで俺を睨みつけ、重々しく口を開く。
「タカシ、あんた……まさかこれ、ルナエクのKAITOの限定缶バッジの初期版?」
……は? 今、なんて言った???
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。